はぁとふるホームの施工会社・有限会社和泉建設のご案内

私の30年以上前のアルバムから

いきなりですが私は父56歳母36歳の時の子供で後から聞いた話では、親父は子供が出来たのが恥ずかしかったようです。

中学時代に隣の大工さん(棟梁)が私の家を建ててくれました。勉強が終わると毎日現場に行き掃除や断熱材入れなど手伝っていました。

この時、大工になろうと決めました。自分で決めた天職です。

自分の家が完成してからも他のお客さんの現場に行っては見て覚えたりして簡単な作業を手伝ってました。

自然と家をつくることが好きになり、中学卒業の時は親父も70歳でしたから親の面倒を見なければならないなと15歳ながら色々考え、高校進学は断念して地元の専門学校に一年間行き、卒業したら家をつくってくれた棟梁の弟子になろうと決めていたのですが、都会に行って修行をして来いと言われ札幌に就職しました。

専門学校を卒業と同時に親父に家の裏に2階建ての物置を建ててくれと頼まれいやとは言えず何とか8坪の物置きを建てて鈍行の夜行列車で札幌まで親父に連れられて来たのを今でも思い出すと涙がこみあげてきます。

工務店に入り、もう少し勉強したくて札幌の専門学校に2年間。夏場は夜学、冬場は昼間勉強、当時はまだ冬場の仕事があまりなかったので何とか卒業出来ました。初給料で買ったのは大きなラジカセ、実家には手取り3万円の中から15,000円仕送りをしてましたが、長続きはしませんでした。

親父には怒られましたが・・・・・19歳で親方から現場をまかされて棟梁に、年上の職人さんに生意気な事を言って現場の雰囲気が暗くなる事もありました。

ちょうど大手メーカーさんが北海道に進出してきたころで色々と、勉強になりましたし、仕事(下請け)をお手伝いさせて頂きながら育てていただきました。でも何か「自分で選んだ」建築の道なのに違いを感じて、直接お客様といい家づくりがしたくて少しずつ小さな仕事からお手伝いが始まりました。

昭和57年まだ大工として働いていた頃、現在のはぁとふるホームの専務と知り合い結婚しましたこのの写真は地方公演の演歌歌手ではなくその頃の私(和泉)23歳です。翌年個人で建築業和泉組を起こしますが、5年後に有限会社和泉建設(昭和62年)を設立しました。現株式会社はぁとふるホームの歴史はここから始まりました。

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